家族で引越し! どうしても転校したくなかった小4の私の理由
「このアパートから引越しをして、中古の家を買うか、新しい家を建てようと思う。」
そう両親に言われた時に、小学校4年生だった私の返事は、「転校はしたくない」でした。
ここの小学校でも良いんじゃない?この辺りのおうちでも素敵じゃない?新しい友達なんてすぐに出来るよ?
いくらなだめられても、頑なに嫌だといい続け、結局両親は同じ学区内という条件で、家を探してくれました。
私は、何が、嫌だったのか。覚えている限りを、まとめました。
社交的でないので馴染めない
転校生というのは、学校でも珍しいこと。
学年に5クラスあった小学校でも、一年に一人か二人、という感じで、当時の私には、転校自体が特別なことのように見えていました。
殴る、蹴るなどの明確な「いじめ」があったようには思いませんが、クラスや学年の中での「カースト制」のようなランク付けは、どうしてもあるものだとは、感じていました。
私の中では、転校生はまず出来上がっている周りの雰囲気を伺い、うまく素早くなじまなければいけないもの。最初にうまく立ち回って自分の居場所をつくらないと、後々ずっと苦労する。だから高いコミュニケーション能力が必要なもの。
そのスキルは、私にはないものだと思ったのです。
どちらかというとおとなしく、マイペースだった私は、スポーツなど特に出来るわけでもありませんでした。
勉強はわりとできましたが、小学生の頃は、スポーツが出来る人=すごい みたいなところがありましたよね。
手を上げて発表するのも苦手、学級委員のような役をまかせられるのも苦手。
だから、新しい環境で一から人間関係を作り直さなければいけないなんて、どうやっても苦痛としか思えませんでした。
大人になった今でも、異動や転職後は、本当に苦手。
もしかしたら、子供の頃に転校し、その後きちんと人間関係をつくれていれば克服していたのかもしれません。
それでも転校して失敗していたときのことを考えると、やはりしなくて良かったと思っています。
友達と別れたくない
当時、私にはとても仲の良い友達がたくさんいました。
わりと大人しくマイペースな私に、です。その状況を崩したくなかった、友達がたくさんいる人間でいたかった。
特に仲の良かった子とは、小学生だったら当たり前かもしれませんが、毎日毎日、帰り道にその子の家に行って遊んでいました。
仲の良い子と二人で山の中に秘密基地を作ってみたり、知らない場所を探検したり。交換日記で好きな人について盛り上がったり、お勧めの漫画を貸しあったり。
そんな友達と、自分が離れてしまうのも嫌だし、友達を一人にさせてしまうのも嫌でした。
小学校でよくある「誰かとペアになって」というもの。あれって、結構残酷ですよね。
ペアになって、といわれた時にすぐに相手を決めないと、クラスで嫌われている子とペアにさせられてしまう、というものです。
友達がどこかにいって、自分のペアがいなくなったことを考えると恐ろしく、自分が転校して友達をひとりにさせてしまうのはどうしても嫌でした。
子供っぽいと今なら思えますが、当時の私にとっては、友達はそのくらい大切なものでした。
好きな人と離れたくない
小学生なのにませたことを・・・と思うかもしれませんが、当時私のクラス、いえ、学年の中は、好きな人という単語で溢れかえっていました。
誰が誰好きなんだって!とか、私の一番は誰で、二番は誰で・・・というもの。
思えば、小学校低学年の「男子も女子もみんな仲良く」から、お互いを違うものとして意識しはじめた時期だったのかもしれません。
例に漏れず、私にも好きな人がいました。そして、両思いだと周りからは言われていました。毎日、目が合うだけで幸せ。話が出来ると毎日友達にこんな話をした!と浮かれて報告しあうほど。
そんな相手がいない学校に、転校したいと思うはずがありませんでした。
子供にとっての学校は、外の世界の全てといっても過言ではありません。
大人になればわかる、なんて言われても、子供の私は「だったら私が今思ってることはひとつも大事にされないの?」「私の今の気持ちはどこにいったらいいの?」と思っていました。
子供の頃の感情や経験は、大人になる基盤となります。
だからこそ、「子供だから」と軽く考えずに、なるべく子供の意思を尊重して欲しいです。
子供だった私の主張を尊重してくれた両親には、本当に感謝しています。