離婚・再婚で引越すお母さんに伝えたい、子どもには親しかいないということ
28才会社員です。小学校低学年の時に2回転校経験があります。
今回は、初めての転校のきっかけについてのエピソードを紹介します。
転校のきっかけは母の再婚
まず始めに私には父がいません。物心ついたころには両親は離婚していて母、姉、私の3人で生活していました。
母は水商売をしていて夜は母が仕事に出て、家に姉と私だけですごく寂しい思いをした記憶があり、何度もお店に電話しては母を呼び出し迷惑をかけてました。かまってほしかったのです。ただ一緒にいてほしかっただけなんです。
ある日寂しい思いをしているのを知ってか、母から男の人を紹介されました。
その人は以前から何度か私達を遊びに連れて行ってくれてた人でした。
母から「この人と一緒に暮らす」と言われた時、幼い私達には受け入れることしかできませんでした。
私は引越しと転校を余儀なくされました。
父親が今まで居なかったので父親という存在がどんなものなのかも分からず、最初はただ一緒に生活している人でしか認識できませんでした。
ですが仕事が休みの日にはお出かけしたりと父親が居たらこんな感じなんだと悪くないな・・なんて思ったりもしました。
また再婚相手にも思春期の連れ子が居ました。
それにはすごく戸惑い、お互い歩み寄ることはできず毎日気を使って生活してたのを思い出します。自分の家なのに家じゃない・・・そんな感じでした。
そんな毎日に慣れてきたころ、あるきっかけが私達の生活が壊れていきます。
再婚相手の本性
ある夜再婚相手がお酒を飲んできたのか酔っ払って帰ってきて、母もまた水商売をまだ続けておりその時母も酔っていました。何がきっかけか覚えていませんが、お互い酔っているせいか口論が始まりました。
母は元々気が強いところがありなかなか引きません。喧嘩がヒートアップしていくにつれ、母が何を思ったのか突然お皿を投げそのまま窓ガラスにあたりお皿もガラスも割れました。その場にいるのがやっとなくらい幼い私たちは存在を消すかのように立ち尽くしていました。
そんな喧嘩は1度や2度ではなく、1度喧嘩が始まるとなかなか収まりませんでした。今思うとあんな激しい喧嘩で近所の苦情もなく、よく追い出されなかったなと思います。
そんな生活に嫌気がさしたのか母も何度か私達を連れて知り合いの家に逃げていました。
以前から再婚相手は母にかなり固執していました。
再婚相手には見つけられないであろう場所に居ても必ず誰かから情報を聞き私達を連れ戻しに来てました。
それ以来毎日怯えて生活していました。私達には母しか頼る相手がいないのでどうすることもできず耐えるしかありませんでした。
ここまで耐えれたのも姉が居てくれたから耐えれたと思います。姉妹で本当にに良かったです。
この生活から逃げ出すために私達は夜中目覚まし時計を持ってこっそり家を出ました。絶対見つからないように・・・
ですが無駄でした度に何逃げても逃げ切れない・・・
そんな中、母の知り合いが間に入ってくれて切り離そうとしてくれましたが再婚相手もしつこくなかなか引きませんでした。。
解放されて新しい街へ
何度も何度も話し合いやっと私達は解放されました。
それをきっかけに新しい街に行き、新しい学校に転校しました。
新しい生活が始まっても以前のトラウマがありなかなか馴染めませんでした。
でもやっぱり子どもですね。新しい友達が出来ると毎日楽しく過ごせてました。
それに間に入ってくれた母の知り合いも、あれ以来良くしてくれて母と生活するようになってました。私達ももちろん大歓迎!!あたらいい生活のスタート。
この経験から
私の経験は普通の引越しの体験談と少し違ったかもしれませんが、きっと私達みたいな経験をしている人も居るはずです!
少しでも参考になればと思い私なりの考えをお伝えします。
当たり前のことかもしれませんが子どもには親しかいません!!
環境の変化があった時など子どもはすごく敏感です親が近くにいてくれてたらすごく安心します!!さらに親が楽しそうにしていたら子どもも嬉しいんです!!
それに子どもは単純なので環境の変化に柔軟に対応できます。あまり心配しすぎると子どもはそれを感じるので親も一緒に楽しんで下さい。
引っ越しで悩まれている方に少しでもいい後押しが出来たら幸いです。